エピソード

バーヤ号には、ベトナム皇室の歴史と直接関連する船があります。無類の旅行家でもあったベトナムのカイディン帝 (1885-1925)は、皇帝の遠出に数千もの家来をお伴させる習慣を嫌い、1917年、もっとも信頼の厚い12人の側近だけを伴いハロン湾へと出かけ ました。皇帝の船はハロン湾で特別目を引く、素晴らしい木造船でした。エメラルドグリーンの海にそびえ立つ石灰岩の岩山が創り出す抒情的な風景に感銘を受 け、カイディン帝はダウゴー洞窟の崖 に刻まれたこの湾の美しさを称える詩を詠ませました。
皇帝の旅行と豪華な船の話は、この地方の船大工の間でたちまち噂になりました。 職人たちにとって、カイディン帝の立派な船を復元することが彼らの一生涯の夢になりました。 しかしこの夢を叶えたのは、その後約100年後。80歳の熟練の船大工、グエンヴァンホアさんでした。
ホアさんは、クアンニン省の有名な船大工の家系に生まれ、子どもの頃から、父親からこれまでだれも復元できなかった皇帝 の幻の船の話を何度も聞かされていました。同時に、ベテランの船大工であった父親の見守る中、ホアさんはこの時代の最も優秀な船大工の一人にまで登りつめ ました。徹夜も厭わず、ベトナムの木造船やジャンク船について昔の絵や記述から学び、日中はどんな海でも航海が可能なあらゆる船の設計図を作成していまし た。
しかし、それでもホアさんの夢はまだ叶いませんでした。ホアさんは常にカイディンの幻の船の復元を夢見、他の仕事は全く 手につきませんでした。ある日、数千もの昔のスケッチや絵から、ついに彼は、失われたカイディン帝の船の設計図の断片を見つけました。ゆっくりと慎重に、 彼はその原画を元通りに復元しました。そして、ついに、カイディン帝とその家来を乗せたみごとな船が紙上に浮かび上がったのです。ついに残るは、この船を 造るのを支援し、夢を実現してくれる人を探すだけとなりました。
2005年1月、ハロン湾において、モンペリエ出身の才能ある若いフランス人の建築家、Antoine Bertrand氏と同僚のAnne Drousie史とを招き、会議が行われました。彼らは、昔のベトナムのジャンク船のような豪華船を造ることを求めていました。実にカイディン皇帝の船旅 から80年以上を経て、この幻の船の復元を可能にする準備が整ったのです。
フランス人建築家とベトナム人の熟練職人は造船所で2年もの間この仕事に取り組みました。そして、ついに2007年7月、バーヤクラシック号が完成したのです。まさに、熟練職人の経験と技術、若いフランス人建築家とその同僚の想像力の賜物だといえましょう。
古のハロン湾の夢であったバーヤ号には、ベトナムの繊細美と西洋の豪華さ、快適さが共存しています。また、ハロン湾のハイライトともいえる自然の神秘を巡るクルーズは、栄えある世界遺産を保護し、そのシンボル的な存在であるという役割をも担っているのです。